Back to 坂戸

実家の母が骨折してからのことを、ここにゴタゴタ書いてしまっていて、中には気にしている人もいるだろうから、その後どうなったか、一応報告します。

結果から言うと、母は先日7/25月曜、実家のある坂戸市の、とある特別養護老人ホームに入所した。
多分一生ここにいることになると思う。

独居していた自宅で転倒し骨折したのが4月頭。
そこから入院、手術、リハビリ病院転院を経て。

僕は既述のとおり、いろいろ動き回ったり気を揉んだり変な電話に付き合ったりした。

特に、申し込んだ特養ホームは30人の順番待ちで、こりゃいつになるかと思われたが、
優先順位がまさかの1位に繰り上がり、
院内接触で疑われた結核も陰性の結果が出て、
あとは、すいすい事が運び、あれよあれよという間に、すんなり入所。
何のドラブルもなく。
怖いくらいに。

ああ、よかった、てなもんであるが。

実は、全く晴れやかな気分ではない。
むしろここ数日、暗い気分でいる。

母は自宅に帰りたかったに違いないからだ。
その場合、もう、独居というわけにはいかない。僕単独なり、家族なりで実家に同居し、介護生活をする、という選択肢もあるにはあったのだ。

でもね…。


本当にこれでよかったのか。

今でも悩んでいる。

 

■■■■■■

 

そんな中、6/19は落語、二人会を開いたのであるが、これについてもここで大々的に宣伝したのであるから、結果をご報告します。

お客を20人は呼べ、と言われていたのだが、僕のお客は32人も来てくれた! 感謝である。
相方も同じくらい呼び、落研の人たちも多数来てくれて、全部で90人近い観客で大盛況。
そんでもって僕は30分の噺を含む2席。
今持てる力を出し尽くした。
んで、大いにウケた。大満足。
相方も大いに爆笑をとり、大成功の会となった。

しかしである。

余韻に浸り切っていた翌日の夜、僕が呼んだお客の一人からコロナ陽性者が出たと報告があり、事態は一変。

お客はマスクをつけていたので落語会の来場者は誰も濃厚接触者にはあたらないのであったが、
僕はその客と打ち上げに行ってたもんだから、濃厚接触者となっていた。

まさに天国から地獄。

各所に連絡、相談。
一応、僕の知る限りの来場者全員にその旨を連絡する。この作業がおっそろしく手間だったし苦痛だった。二度とやりたくない。

そんでもって、僕はそこから7日間自宅待機。仕事場にも家族にも迷惑をかけた。これも二度とやりたくない。

自宅待機中、いろいろ考えた。
あそこまで客を集めるべきではなかった、とか、
そもそも、会を開くべきではなかったのではないか、とか、
反省の日々。

結果、僕はPCRで陰性。
来場したみなさんも、感染しなかったようで、何より。心底ほっとしている。

しかし。

もう、こういう自分が主催者となる会は二度とやらない。
やるなら10年後だな。うそ。でも少なくともコロナがなくなるまでは、主催はしない。
主催しても、無理に客は集めない。

それくらい、怖い、たいへんに痛い思い出となった。
本当はとてもいい思い出になるはずだったのにね。
トラウマだ。

さて、これを書いているのが7/29。昨日は東京で一日の感染者がついに4万人を超えた。

これからどうなるんだ?

 

10年後


日付で言うともう明日、『文八二人会』なる落語会を開くので、ぜひお出でいただきたいと願っているのではあるが、それはおいといて、これと関連はするが、ちょいと違う話を書く。
というのは、先日この『文八二人会』のチラシを200枚、どうしたこうした、なんて話を書いたが、それで思い出したんであるが。


ちょうど10年前、わたしは5000枚のチラシと格闘していたのだ。


何かというとこれが、『POP鈴木祭り』というアタクシの自作自演企画ライブで、経緯はこのあと詳しく書くが、まず先に結果から申し上げると、あのYahoo! ニュースにも取り上げられ、吉祥寺mandaLa-2で大入満員の120人。前売りは一月前に完売。まさにドラマーPOP鈴木の活動としては最高潮の、完全にピークを迎えたのだった。2012年。ちょうど10年前。では書く。

 

まず予備情報として、2011年の私はLIVEを33回やった。驚くのがバンドの数で10である。前野健太DAVID BOWIEたち、スカート、直枝政広&LOVE EXPERIENCE、CARNATION、フレグマ、cinnabom、synapse、popland off gallery、佐藤幸雄。で、これはレコーディングだけだが曽我部恵一さんの。

 

では、お待たせしました、以下、POP鈴木46歳、2012年の日記から転載。

長いですよ!
(※多分今の人がよくわからないであろう箇所には適宜(註:)を入れました)

 

■第1章『2012年1~4月』

【1月】
いろいろ辞めようと思ったわけです。
なんででしょうか。
なんか、空しくなったんですかね、
いや、違います、
なんか、ちょっと無理していた1年弱だったので、疲れただけだったのかも知れません。

まあでも辞める!前野健太以外を。つって、
スカート、佐藤幸雄と公開練習、フレグマ。
実際やめるんです。それらを。

んで、ちょっといろいろ考えました。
考えたい時期だったのだと思います。

【2月】
でも、佐藤幸雄さんはやっぱやる! となりました。
なんでなんでしょうか。
うーん。
なんか、「考えるな!」
と言われた気がしたからかも知れません。
んで、ちょっと気が楽になったんですな。
もともと馬鹿でしたから。
もともと考えずに長い事やっていたわけですから。
今更馬鹿がなんか考え出すと、たいていダメな方にいきますから。
ああ、そうだ。考えるよりまず感じろだったじゃん!あぶねえあぶねえ。
ってんで、やっぱやります、つって。

一度深刻ぶってから、そのあと気が楽になりたかった。のかも知れません。

あと、『前野健太DAVID BOWIEたち』のライブを日本各地で4本くらいやりました。
そのドサ回りでわかったことは、
僕は、
前野健太くん、そして吉田君、大久保君、ってのがなんか、大好きなんだなあ、と。
だから、2月の終わり、最後に新宿歌舞伎町のキャバレー跡地でLIVEをやり終わったとき、
ああ、もっとやりたいと。

てか馬鹿なので、
直前まで、もう、バンド人生とかもやめよっかな、
くらい深刻に考えちゃった反動があったのかもしれませんが、
なんか、ああ、やり残したことをやっとかなきゃな、と感じ、
つか、やり残したっていうより、なんかやるのを忘れている気がするのだが、何だろう、
つって2日くらい考えてたら、
あっ!!!

昨年録音しっぱなしで、でも年始にリリースしたはずのPOPLAND OFF GARELLYってバンド。
それのレコ発は、「オレが仕切ったる!マンダラ2でやろう!まかせとけ!ボケがっ!」
つってたのを、忘れてたのを、思い出した。

【3月】
んで、前野健太くん(註:当時30代)と、吉田david bowie(註:当時20代)、大久保david bowieたち(註:当時30代)に相談したんす。
青森のPOPLANDなんたらっておっさんたち(註:当時40代)のレコ発をマンダラ2でしきりたいのであるが、絶対にお客を呼べないと。んで、つい先日のワンマンで400人呼ぶあなたたちのお力をお借りできないかと。メールしたんす。

そしたら、いいですよと。やりましょうと。

ああ、ありがとうと。

んじゃツーマンでいい?と。

いや、なんか若いのも入れましょうと。

うーん若いのって、私おっさん46歳なので何も知らないんだけど、なんかいいのいる?と。

今話題の人気急上昇中のスカート(註:当時20代)ってのはどうでしょうと。

ええええ!スカート? ああ、いいかも。てかあたし、この間までやってたし。んじゃあまた僕の入ったスカートって編成にして、いっそPOP鈴木祭りみたいにする?と。

いいじゃないすか、そうしましょうと。

んでスカートさわべくんに打診すると、快諾を得。

んで『POP鈴木祭り』という企画が決まったのでした。

【4月】

佐藤幸雄と公開練習、を円盤でやる。
終わって、円盤で飲んでたら、佐藤さん(註:当時50代)が、
「うわ!しまった!」という。
なんです?どうしたんす?と聞いたら、
「今日のお客さんに『POP鈴木祭り』の宣伝をするのを忘れた」と言う。
あら。お優しいんですねえ。いいんですよ。そんなのどうでも。
いや、よくないよ。我々の晴れの舞台なのに。と言う。

は?

いや、我々の晴れ舞台…

え?いや、。あの…。

何だ?

あの。ですね、佐藤さんは、POP鈴木祭りには、出ません。

なにいいっっっっ???なんんでだ!!!!

え、いや、だって、あの、、もったいないですよ。そんなのに出たら。
(註:この半年ほど前に復活した佐藤幸雄さんは、この時点では円盤というレコード屋で公開練習という名のリハビリをしている段階。いわゆるLIVEはまだ経験していない)

何を言っているんだ!POP鈴木祭りだろ!オレたちで出なくてどうするんだ?!

いや、まいっちゃったなこのおっちゃんにも。ねえ、皆さんナントカ言ってやってくださいよ。つって、公開練習後の日曜昼下がりの円盤で酒盛りをする8人くらいに助け舟を請うと、

「いや、佐藤さんも出すべきだ!」という声が10割。

あれ?

その日初めて来た鈴木惣一朗氏までが、やれ、と言う。

1分考えた後、僕は、
んじゃあ、前座で、持ち時間30分でもいいんなら・・いいすけど。

「ああ。いいよ。上等だよ。やるぞ!」

ってんで、まさかの4バンドがそろったのであった。

 

ここまでで何が言いたかったかと言うと、
「そんなつもりではなかった」
という事を言いたかったんである。

ただPOPLAND OFF GARELLYってバンドのレコ発をやりたかっただけなのである。

んでも、こうなるとまさにもうPOP鈴木祭りなのであった。

(註:てか、ここでちょっと面白いのは、結局10年後の今、僕がやってるバンドってその、最後にお情けでエントリーした佐藤幸雄さん、だけなんですよね。おもしろいなあ)


■第2章 2012年05月01日 『正直日記』より

「POP鈴木祭り」というのを企画中である。
というか、企画自体は2か月前から進めてて、企画段階はとっくのとうに終わってる。あとは何日後かに、ただこれを告知するばかりで、
んでも今更ながら、どういうふうにこれを伝えたらよいのだろう、と悩みだしている。

というのも、これ、絶対に面白いので。
僕にしては滅多に無いことなのだが、そこにだけはすんごい自信があって。
僕自身がすでに面白がってるし、楽しみでしかたないのだ。

んなのに。

僕って、何なんでしょう? なんかこう、こういう段になると、うじうじしちゃうんだよなあ。

ホントは一月前に作るはずだったチラシの原稿を、
ってのはPOP鈴木による出演バンド紹介、ってのを書いたらさぞ、面白かろう。なはは、ってんで思いついた時点ではノリノりなのだが。
結局うじうじうじうじ。考えちゃあ書かずに寝ちゃったり、やっぱこんなこと始めなきゃよかったなあとか思ってみたりして、
んでもどうにか3日前にやっと、やーっとこしらえて、
チラシを作ってくれるホソヤさんにそれを送ったばかり。

てか思えばホソヤさんって、前野健太主演の映画[LIVE TAPE]の撮影日にもう演奏しないで帰ろうとする僕を必死に引き留めてくれたおねえちゃんであったんだなあ。

ま、いいか。
んで。
数日経った今日の深夜、やっぱ、それ全部撤廃して、もっと違う感じのチラシにした方がいいんじゃないか、というかそもそも「POP鈴木祭り」というネーミングも、今更ながら、どうなのかな、とか考え出し、なんか、
「POP鈴木というドラマーの自作自演企画」
くらいにして、サブタイトルというか、説明書きを、
「今僕が一番面白いと思うバンドを4つ集めたら全部自分が叩いていました。んでもそういうことかもしれない。ね」
とかにして、
その下にマエケン先生の推薦文とかあったら、なんとなく良い感じかなと思ったんですが、マエケン先生、今更ですが推薦文書いてもらえませんか?なんてメールを朝方4時に打つ自分。
46歳。
バカなんだな。
呆れられてるだろうな。
46歳なのに。

 

■第3章 2012年05月25日 『バカ正直日記~チラシ問題のマキ』より

-5/11

夕刻、家の呼び鈴がピンポンと鳴り、はあいと妻が出る。
僕はこのあと泊り仕事だったので、うつらうつら寝ておった。
んで、玄関で妻が、なんじゃこりゃ、重っ!重っ!と言ってるのを聞き、
勘のいい聡明であるところのボクは、ああ、チラシが出来上がって届いたんだな、と察知した次第。

んでもう起きて支度しなきゃ、ってな頃合いだったんで、起き、
どうれ、ってんで玄関に行き、置いてある段ボールを持ち上げようとしたら、
持ち上がらなかった。
ホントに重かった。
え?てなもんである。

しかたなくそれを蹴りながら、廊下を移動させ、
とりあえず荷をほどいた。

生まれて初めてチラシ5,000枚というのを生で、目で、見た。
そして触ってみた。
なんでこんなに刷っちゃったんだろうと思った。

チラシデザインしてくれたホソヤ女史も、打ち合わせの時、
「5000枚って結構ありますよ、撒くの大変ですよ」と助言してくれたんだった。
にも関わらず、僕は、
3000枚と4000枚と5000枚では、そんなに値段が変わらないので、
5千で、つったんであった。
昭和生まれだからかもしれない。

ま、経緯はともかく。
現実に、この日の夕刻、チラシを前にし、部屋の中心で、唖然としている私であった。

今まではそのデザインだの文言だのばかり考えており、
枚数とか、実はどうでもよく、
そしてこの数日前に決定稿~入稿などを経て、
力つき、というか、やりきった感。
やれやれってんで満足して寝ておったというわけ。
作ったってだけでもう満足してたわけ。

んで。成果物が形となって我が家にやってきて、
そのありありとした実物を目の当たりにして、
その重さを実体験して、
あああああああ、と、
途端に憂鬱になったというのは、

5000枚のチラシは渾身の出来で、とてもいいチラシ。
なんだけど、
その本質、
チラシとしての真価を発揮させる為には、
これを人目に触れさせればならないのは自明の事実。
この部屋にただ放置しているだけでは何らの価値も無い。

そこをすっかり忘れていた自分はいても立ってもいられず、一刻でも早くこれを撒きたいのだが、
さてこれからすぐにも出勤準備をし、連続14時間の勤務に向かわなければいけないわけで、
あああ。と。


-5/12

徹夜仕事を経て昼近くに帰宅へ。

なんか、昨日はチラシの事、あんなふうに思っちゃったけど、
てのは、重っ!とか、スゲー量!とか。
んでもこうして一晩経って、冷静になって、この昼にその包みを見れば、
なあんだ、意外に少ないじゃん。ああびっくりした、こんなもんか、よし。撒きに行こ、
ってな気分になるんじゃないかと。

密かな期待と共に帰宅したのであったが、
そのチラシの量たるや、やっぱり昨日と同じ量と重さで部屋の中心にドッカと鎮座していた。
そりゃそうだ。。。

5秒くらいそれを見つめたあと、
まずマンダラ2にメール。
チラシ作り過ぎたんで引き取ってください。毎日折り込んでください。
2000枚送っていいですか?と。
あと、前野健太くんと、DAVID BoWIEたち、っつーのは吉田君と大久保君に、
スカートサワベ君に、POPLAND弘前本部フキタに、
チラシが、すっげーあるんだけど、どーしたらいい?ってメール。


-5/13

早朝から仕事をし、夕刻帰宅。
やっぱし家には5000枚のチラシがあった。そりゃそうだ。
滅入りそうな気分を吹き払い、
えいやあと、送られてきた段ボールを解体し、2個に組み立てる。
んで、2000枚と500枚に分けて梱包。
それらをチャリンコに積み込み、自宅近くの宅配便集配所へ。

マンダラ2と弘前POPLANDフキタに送った。

帰りのチャリンコでの爽快感。

んで、帰ると、まだそれは3000枚くらいあるのだった。
てか、ちゃんと数えたら、5000枚の発注だったのだが、おまけで一割増量されており、
5500枚だったのだった。

あと3000。。。


-5/14

チラシの拡散に集中したい昨今であるのだが、
今日はそうも行かず、というのは、
とあるレコーディングを引き受けていて、
早朝勤務の後、ソッコー帰宅し、
機材をチャリンコに積み込み、方南町方面のスタジオに向かった夕刻だったわけ。

んで、夕方6時ころだったかな、
またソッコー自宅に取って返して、また方南町に向かう私がいたわけ。

なんででしょう。

スティックケースを家に忘れたからなんだな。なはは。
んでも録音はとても上手くできた気がしますよ。
南台ですっげーうまいスパゲティーと200円の生ビール。
ありがとうございました益子さん!


-5/15

からの朝9時半から2人分の通し勤務は14時間拘束。
休憩時間に郵便局。DBたち大久保君に300枚チラシを送る。レターパック350。
あと、渋谷タワーレコード
あの、ライブのチラシ置かせてもらったりできますか?って聞いたら、
「うちでCD扱ってるようなバンドのライブだったら」ってんで、
ああ。はいはい。扱ってますよ。ってんで30枚くらい渡す。
あと2670枚。
仕事は夜24時まで。


-5/16

ってんでケッコー疲れてたし、仕事は15時からだったから寝ててもよかったんだけど、
寝ている傍らで怨念を発し続けているチラシ2700枚の威圧感で起床。
午前中郵便局。スカートサワベ君に300枚。POPLANDフジッキーに100枚。レターパック350
あと2270枚。
仕事24時まで。


-5/17

今日も仕事は15時からだったんで寝てたってよかったんであるが、
昼、700枚くらいのチラシをバックに積み込み、チャリで下北沢へ。
つーのは下北沢440で吉田君のNRQが曽我部さんたちとライブ。そこで折り込んでもらうのと、
吉田君がそれとは別に500枚くらい撒きますよってんで、あああ、ありがたや~ってんで持ってったってわけ。

そしたら、途中でチャリがパンク。
ああああ。
パンク現場から最も近い自転車屋でパンクの修理を願い出ると、
タイヤ交換で5000円、加えてチェーンが今にも切れそうなんで交換2500円、後ろのブレーキがまったく効いてないはずで交換1800円。しめて1万円くらい。あ、あと、このギアって、、
とか若き店員が我がチャリに超いちゃモンをつけ出すので、思わずカッとなり、
いや、そんなこと言いだしたら、これ、このサドル、ぶっ壊れてるんですよ、ほら。
つってパカッとはずして見せたら、
若き店員は、あの、このチャリ、ホンキで直すの?って。

あれ? あ、そっか捨てます捨てます。ってんで捨てる。
だって、20年前から実家に転がってたマウンテンバイクだかんな。いや、実際乗っててもヤバかったし。

んでそこから歩いて下北沢まで。ケッコーな炎天下な昼下がりだったんだなこれが。
だから出勤前なのにビールをお供にする。

んで、下北沢440で600枚くらいおろしたんで、バックは軽くなった。吉田さまさまだ。

あと、まあ、ビールのおかげで気持ちが前向きになったので、勢いでmonaレコードへ。

すみませーん。ライブのチラシ置いておもらえますか?つったら、
「あの、ウチでやるライブですよね?」と。

ああと。
ちょっと目が覚めた、というか、
僕もねえ、まさにそう思ってたんですよ。
これ、営業妨害だよなって。だってその日、ここでもライブあるわけだからな。
なんで別のライブハウスの宣伝をしなきゃいけないんだよな。そりゃそうです。すんません。

ってんで、下北沢DISK UNIONに行って、30枚くらい置かせてもらう。

んで仕事行く。
あと1540枚。

というか、この日から僕の行動は電車移動になった。


-5/23

チラシのことだが、なんとなくこの5~6日なーにもしない私であった。
なんでか、っていうと、
ちょっと、下北沢で経験した、あの応対ってんですかね、
これ、特になんて事無いことだと思うんですけど、
正直心が折れた、おっさん、46才ってのと、
あたしの原動力であったチャリンコ、これが消滅した、ってのと、
家にあるチラシ、1500枚。
てかそのくらいだと、なんか、
ぜんぜん平気っていうか。かわいいもんていうか。
だってすでに4000くらい、処理できたんだもん。あはは。

なんつって心行くまでダラダラしてた私であったが、それじゃいかんと。
てのは、その処理した4000枚ってのは、僕から誰かに、ただ渡しただけであって、
実際に撒かれたのは吉田君のNRQのライブくらいで、
そんでもって、確かにその翌日、ネット予約してくれた方がいたんであった。
チラシ効果を実感できたのはその時であったのだが。
(註:予約はアタシのメールに送ってもらう方式をとっていた。そのために取得したgmailアカウントがpopsuzukfesというやつであり、この10年使用していなかったのを、このHatenaBlogのidに使用しているんですな。どうでもいーでしょうが。面白いです自分的には)

とにかく、実際に自分がもっと街に出て、お店に置いてもらうなりしなきゃいかんと。
そんでもって、そうだ。会場である吉祥寺。
そこに持って行くべきだと思ったんである。

仕事終わりの夕刻、吉祥寺に降り立った私は、すでにほろ酔いであった。
酔いに任せて手当り次第に各種リハスタジオと吉祥寺DISK UNIONに。
トータル1時間くらいだったが、とてもうまくまくことができた。
最後一枚も残らず。
鞄が軽くなって、なんか、ああ、営業の人とか、行商の人とかって、
こういう充実感があるのかなって。帰りの井の頭線で思った。
あと1240枚。


-5/24

今日はとてもいいことがあったの。

仕事終わりで16時くらいかな。
前野健太先生が来たる5/28、渋谷はo-nestに出演。石橋英子女史ブロデュースのサングラスナイトね。
ってんでその日に折り込んでもらおと350枚くらい持ってo-nestへ。
そしたら、200枚でいいですとo-nestのねーちゃんに言われ、はい。と。

残った今日の手持ちはあと150枚。
新宿DISK UNIONへ。
んでも20枚くらいなら、ってんで、はい。よろしくです。と。

んで新宿6丁目の石井輪業っつー自転車屋へ。
実用車ってのを購入する気満々で。あの新聞屋さんが乗ってるやつね。5万2千円もするのよ。
そしたら。
店主のおっちゃんに買わないほうがいいと諭されたの。
んで、ああ、確かにそうだと。思って、
とぼとぼ帰る私。

新宿南口から回って京王線に乗ろうとした私の前に現れたのは、
ってかまあ、現れるも何も、厳然として現存するタワーレコードなんだけど。

なんか、6階くらいまで上がるのもめんどくさかったし、渋谷の同店でなんとなく冷たくされた感があったから、
なんか、違うかなあ、と思ってたんだけど、いや。もう何でもいいや、ダメ元で行ってみようと。

んで、あの、つって。
もう言い慣れた台詞、ライブのチラシを置いて頂く事はできるでしょうかと。

そしたら、「あ、POPさん」て。店員の方が。
え?って。
あ、俺を知ってる方が、ついにいたと。

いや、ここ数日?
いろんなレコード屋、スタジオ、出たことがあるライブハウス、郵便局、宅配所と、
足を使って回りましたよ、
んで4000枚からのチラシを処理してきたわけですが、
初めて、あ、POPさんと言われたんである。

実は、かなり自信を失いかけていた。というか失っておりまして、
「POP鈴木祭り」とかバカなタイトルつけて、
てかそのチラシにあたしの写真とかのっけてるのに、
誰も、
だーれも、
なーんにも言わないの。まあ、郵便局や宅配集配所はそりゃそうなんだけど。

んでもついに。新宿tower recordsで。

救われました。

ちなみに、その女の子は前野健太ファンとのことでした。
ありがと。

あと900枚。


-そして本日5/25

フジエモン社長に200枚。レターパック350
あと700枚。

<後記>
6/1にカーネーションのライブで折込してもらって残250。
6/3円盤で撒き、その他、このブログを読んで見兼ねたいろんなかたのご協力で無事チラシはほぼなくなりました。ありがとうございました。

 

■第4章 『Yahoo!ニュースで紹介される』(今書いた)

 

6/4。

仕事中、職場の同僚が、えええ!!!って叫ぶ。
どしたの?
ぽぽぽぽぽPOPさんYahoo!ニュースに載ってるよおおお!!!
は?
ってんで見る。ほんとだ。載ってた。クリビツテンギョー!あまりの驚きにゲロ吐きそうになる。以下転載。
ーーー

『吉祥寺でドラマー主催の企画ライブ「POP鈴木祭り」-全てのバンドでドラムたたく』


 吉祥寺のライブハウス「MANDA-LA2」(武蔵野市吉祥寺南町2、TEL 0422-42-1579)で7月8日、ドラマー・POP鈴木さんが企画・主催する「POP鈴木祭り」が開催される。
 バンド「前野健太DAVID BOWIEたち」のメンバーとして映画「ライブテープ」に出演しているほか、数々のバンドのサポートドラマーとして活躍するPOP鈴木さんが「いま一番面白い」と思うミュージシャンを集めて企画。同バンドをはじめ、「スカート」「POPLAND OFF GALLERY」、佐藤幸雄さんの4組が出演し、POP鈴木さんは全てのバンドでドラムをたたいて参加する「自作自演」のユニークな試みに挑戦する。
 「新旧織り交ぜたように20代から50代まで見事なまでに年齢層がバラバラ。『新』の人たちが人気も風格もあるかもしれなくて、『旧』の人たちが逆に初々しいようなライブになりそう。全部のバンドで僕がドラムをたたく、この時代をそんな切り口で切り取ってみるのを面白がってほしい。きっとこれからの息吹を感じるイベントになると思う」とPOP鈴木さん。
 開場は18時30分、開演は19時。チケットは前売り=2,800円、当日=3,300円。チケットの申し込み方法はPOP鈴木さんのホームページから確認できる(註:このHPは当然もうありません)。
ーーー

 

読んだら謎が解けた。
先日、「吉祥寺経済新聞」なる媒体のねーちゃんから電話がかかってきて、マエケンさんのファンなんですけど〜、POP鈴木祭りを〜記事にしていいですかあ?ってんで、はいはい。もちろんどーぞ。んで、あたしに取材はしないんですか?つったらまあその電話で2分くらいインタビューされて、あとは僕のブログ見てうまく書きますーってんで、ああ、じゃあよろしくー。なんつって忘れてた。
で、知らなかったのだが、「吉祥寺経済新聞」に載ると、もれなくYahoo!ニュースの「地域」ってカテゴリーに記事が載るんである。で、載ったんである。
(註:この記事、10年経った今では当然Yahoo!からは消えているが、「吉祥寺経済新聞」では読むことができる。ってことにさっき気づいた。 https://kichijoji.keizai.biz/headline/1427/ )

なあんだそうかあ。あはは。こりゃいいや、ってんで、洒落で、
『POP鈴木祭りがYahoo!ニュースで紹介されました』ってつぶやいたら、
またたくまに前売りが売り切れたってわけ。あはは。ラッキー。

 

■第5章 『POP鈴木祭り前夜』

7/7

昨日、青森は弘前からフキタを呼び寄せ、
今日、最後にpopland off galleryのスタジオリハをやり、ついに準備は終わったのだった。

(註:「最後に」というのは連日、他のバンドのリハに入っていたから)


構想から丸4か月。
ついに。

リハの後、POPlandのメンバーと当たり前のように飲みに行き、
まあ、高円寺だったのだが、
ついに明日なんだな、
って思うと、なんか、やだ!って思った。
ちょっと泣きそうになった。
なんか、淋しくなってしまったのだった。
もったいないと思った。
もっと、来週とか、再来週とか、てか一生、こないでほしいような気がした。
遠足の前の日のような。

んでも、凄く楽しみなんだ。
すごくうれしいんだ。

こんなこともう一生で二度とやれない。

楽しもうと思う。

 

■第6章 『POP鈴木祭り』2012-07-08
ーーー
SOLD OUT!前売り予約は完売いたしました。ありがとうございました!
当日券はやっぱり出せなそうです。すみません!(7/8 2:00AM)
「POP鈴木祭り」
2012/07/08 sun @吉祥寺MANDA-LA2
出演:スカート・前野健太DAVID BOWIEたち・POPLAND OFF GALLERY・佐藤幸雄
OPEN 18:15 / START 19:00
前売2800円+D/当日3300円+D
・「POP鈴木祭り」とは…POP鈴木というドラマーの自作自演企画。今僕が一番面白いと思うバンドを4つ集めたら全部自分が叩いていました。んでもそういうことかもしれない。ね---POP鈴木
・僕が最初にポップさんのライブを見たのは「さかな」でのポップさん在籍ラストライブ。場所はマンダラ2。たしか2004年だった気がする。僕ははじめてエイトビートで泣いた。後にも先にも、ドラムのエイトビートで泣いたことは一度もない。---前野健太
ーーーー

以上です。
んで、最後に言いたいのですが、
これ、来た人は覚えてるかなあ。
この日、全てのバンドを叩き終わって、アンコールは無しで、でも一言しゃべれ!とか言われて。
なんか、精液1リットル出し尽くしたくらい疲れていた俺に、
「POP鈴木祭り、次はいつやるんだ?」とか誰かが言ってきて、
アタシとっさに、
「じゃあ、10年後」つって、会場、どっとウケたんだよなあ。

はい。
10年後です。

もしかしたらこの『文八二人会』が、

その10年後の『POP鈴木祭り』なのかなと。

うーん。

でも、似たような気分ではあるんです。

もう一生できないだろうなあ、的な?

 

えー

それだけです。

ぜひご来場を。

Arrive at 日高

2022/05/08 sun

この日は、日中ずーっと前回の日記を書いていた。んで書き終わり、疲れたーってんで、酒を飲み飯を喰らい、酔っ払いながら鎌倉殿の13人を観てくつろいでおった。

ところへ、落語のチラシのデザインが出来上がった、印刷の手配よろしく、てな連絡が入る。
この落語会、来る6/19に僕ともう一人の相棒と2人で行うもので、かなり気合が入っているのだが、この相棒は早くチラシを撒きたいと意気込んでいる。私なんざチラシを撒くあてなんかないのに

デザイン作成は落研関係のあるお母さんに頼んでおり、印刷屋に回す係は私になっている。と言っても、印刷屋に版下を回したことなんか一回もない私。

日曜の夜。エネルギーを使い果たし、なおかつ酔っ払った状態のあたし。明日でいいかあと一瞬日和ったのだが、この相棒、かなりの強面であり、早く行動しないと何言われるかわからないなあ…。

と思った私は自分を奮い立たせ、そこから部屋に戻ってPCを立ち上げ、プリントパックにアクセスし、システムを理解。23:59までにweb入稿すれば安くなる、ってんでデザインのお母さんから解像度の高い原稿を何度か送り直してもらいつつphotoshop。そこは昔とった杵柄、何とか操作を思い出し、うんうん言いながら版下を作成し入稿ボタンを押したのが、23:55。

…あれ?今週の木曜に手元に届くように「5日コース」でアレンジしたつもりが、金曜発送になっている。

よく読んだら、平日のweb入稿締め切りは23:59だが、日曜は19時〆切。つまりこんなに必死こいて作業したのに結局月曜日に入稿したことになったのだ。さらに発送日に届くもんだと思っていたら、工場は京都であり発送日の翌日土曜が到着日とある。

あら、土曜はおいら用事があるから相棒にチラシを手渡せるのは早くても1週間後の日曜になる。あああ。こりゃガリ食うなあ。ってんでガッカリし、力尽きて寝る。

(んでも、このチラシ結局なんでかめっちゃ早くにウチに届くのである)

 

2022/05/09 mon

仕事した。

 

2022/05/10 tue

仕事が午前中で片づいた。そこへプリントパックから「本日発送しまーす」とメールが来る。えええ?早!なんで?…そうか。僕の作った版下がよかったんだなきっと。てのはウソ。まあ結果オーライ。てことは明日届くんだな。明日は家にいなくちゃ…。

しかし明日は母のいる病院に行こうかと思っていたのだ。今月分の支払いをしなきゃいけないので。さらに梨のつぶての転院の話の途中経過も聞こうと思っていた。うーん、よし、じゃあ、今日これから川越まで行ってやろう!と思い立ち準備し今にも家を出ようとした午後1時、病院のソーシャルワーカーから電話が来る。すごいタイミングだ。見てたの?

「受け入れしてくれるリハビリ病院が見つかりました!場所は日高市。転院は来週月曜です。その日は長男さんは絶対来てください。それを逃すとしばらく転院できませんよ」

ええええ?!
支払いは退院日でいいからとにかく各所に連絡をってんで、そこからドタバタ。
実は運悪く来週月曜は弟の入院日になっていて僕はそこに立ち会わねばならない…。弟の入所施設に電話して相談し、じゃあってんで新しいリハビリ病院に連絡し、そこからの折り返し電話を待ち、折り返し電話が何時間もこず、こっちから掛け、やっと解決策が見え、弟の方に電話したらもう保健師さんが帰宅しており、決定は明日に持ち越し。

 

2022/05/11 wed

仕事しながら各所からの連絡を待つ。結果、来週月曜に全て、というのは、母の転院と弟の入院の両方を実施する運びとなった。おおお。大丈夫かな…。

 

夕方、家で仕事していると何やら表が騒がしい。消防車が何台も来てる。ボヤがあったようだ。おお!ってんで野次馬。でもひとっつも燃えてなかった。なんだこりゃ。誤報か?

と、がっかりして家に戻ると宅配業者が玄関の前に。忘れてた!ってんでチラシゲット。ビバ。

 

2022/05/12 thu

渋谷で仕事。夜は高円寺。落研で稽古。相棒にチラシ100枚渡したった!ビバ! んでそのあと飲み会。

 

2022/05/13 fri

おうちで仕事。

 

2022/05/14 sat

港区で落語会。朝から雨が降ってたので「きょうは電車で行くよ」と妻に宣言してたのだが、出発直前の昼にカラッと上がったので自転車で。夏のように暑かった。出し物は『道灌』。ややウケ。んで飲み会。んで夜、無事生還。

 

2022/05/15 sun

覚えてない。

 

2022/05/16 mon

雨。朝9時に川越。そこから介護タクシーってのに母親を乗せて日高市。リハビリ病院。新人看護師がウヨウヨいて、なんだかよくわからない病院だ。人手不足なんだなあ。んでもろもろ手続きだのなんだの。昼過ぎにやっとそこを解放され、次は弟の入院先だ。病院のハシゴ。

武蔵高萩駅から1時間に2本しか来ない川越線に乗車。高麗川駅で1時間に1本しか来ない八高線に乗り換える。一両編成のレトロな列車にビビる。田園ていうか山の中みたいなところを汽車は行く。んでもって毛呂。んで弟の入院先。14時。間に合った!
んでもろもろ手続きだの説明だの受ける。執刀医は何だかすっごいかわいい女の子。
「手術は明日の朝9:00からですので、お兄さんは8:30には来てください」
え?毛呂に8:30?急いで調べたら、6時の電車に乗れば大丈夫。ごごごご5時起きかあ…。
夕刻、解放される。入院付き添いのダブルヘッダー無事終了。
弟の入所施設の保健師さんの車で本川越まで送ってもらう。お喋り好きのお姉さんで、車中でいろんな話を聞く。

ここで僕の弟についてちょっと説明すると、体はピンピンしてるんです。んで知的障害。例えばさっきの病院で弟「何歳ですか?」と質問され「14さいです!」と元気に答える。「ぶわははは。あのね、お前もう52歳だよ」ってこれじゃ落語の『代書屋』だよホント愉快な奴…。
普段は障害者施設に入ってます。ここに弟と似たようなのが50人もいるそうで。んで車中でその保健師さん、
「鈴木さんは本当助かります。大部屋に付き添いなしで入院できるから」と言う。

え?なんすかそれは、と問うと、
先月とある入所者が手術で入院したんだけど、そいつは目に入ったスイッチを片っ端から消して歩くという愉快な子で、片時も目が離せない。しょうがないから個室をオーダーして保健師さんや施設職員が交代でずーっと付き添ったんだと言う。
はああああ。大変でしたね…。
そんでもって我が愚弟、毎日とある町工場で入所者の何人かと一緒に軽作業しているんだが、今回、弟が何日か休むというので施設の職員が「え?唯一しっかり働く鈴木さんが休むと困る」などと言われたそうだ。
あら?あいつが?そんなに優秀なんですか?って聞いたら、
優秀優秀。もう鈴木さんはこれやって、と言うとやってくれる。その他のことも職員が頼りにしまくっている。鈴木さんがいないと施設自体が回らないんですよ。なんて言ってくれる。
へー。じゃあ、あいつ、役に立ってるんですね?
立ってます!
へー。ってんでなんだか少しうれしくなりました。夜帰宅。寝る。

 

2022/05/17 tue

朝5時起き。んで8時過ぎには東毛呂。んで病院。んで弟は全身麻酔ののち手術。
これ普通だったら全身麻酔なんかしない日帰りでできる手術なんです。首の後ろにできた嚢胞をとるだけだから。
でもほら、うちの弟はアレだから。手術中に暴れ出したらいけないってんで全身麻酔。仕方ないねえ医者がそうするってんだから。まあ暴れないとは思うんだけど、わからないですからねえ…。

ってんで病院の休憩室みたいなところでひらすら待たされる。なんか最近、病院で待たされてばかりいる気がする…。なんかこのまま病院の待合室で人生が終わってしまうんじゃないかしら…。とか考えていたら当然そんなことはなく、手術終了ってんで呼ばれる。

めちゃかわいい女医さんがお腹の前で組んだ手で何かを隠すような格好で出てくる。この格好がまた可愛かったんだ。
「無事終わりました!きれいにとれました。見ます?ちょっとグロいですけど」
見たい見たい!とせがむと、隠してたガラスの瓶を自慢げに見せてくれた。
おおお!ゴルフボールよりちょっと大きいくらいの嚢胞。すっげー!
女医さんもこんなのがきれいにとれたのが快感だったらしく、ニコニコしてた。可愛いっ!
てなことで私はお役御免。明日の退院手続きからのもろもろからの施設への戻しまで施設の保健師さんがやってくれるってんで、ありがたい!ありがとうございます!ではよろしくお願いします!ってんで辞す。

まだ昼の12時前。このまま越生線で帰途についてもいいんだけど、天気も悪くないし、ってんで駅近の唯一のスーバーマーケットで500の缶ビールを買って田舎をブラブラ歩く。気分がいい。この昨日今日でもって弟も手術を終え、母もやっと転院できた。つっても母の場合は90日間の仮の場所が見つかったというだけだから、この後のことをいろいろ段取りしないといけないんだけど。

で、坂戸ってとこで東武東上線が人身事故で止まってたので、降りてタバコ吸ってビール飲んで昼飯食ってビール飲んでタバコ吸って、やっと電車が動き出しってんで乗って、地下鉄に乗り換えて、夕刻、ああもう帰ったら爆睡しようとか思ってたら、あ!今日、落研の稽古日だったと思い出した。んで、酔っ払ってるので判断がおぼつかず、小竹向原って駅で降りちゃってそのまま高円寺まで歩いたのだった。90分くらいかかった。もちろん何の用意もしてないので稽古なんかはせず新人さんの噺をただ聞いて飲み会に出て帰る。んで寝た。爆睡。。。

 

2022/05/20 fri

『文八二人会』と銘打った私の落語会だが、相棒からは「20人は客を呼べ」と脅されている。無理だ。仕方ないので渋谷で仕事した後、本社に寄り、リモートワークで全然ひと気のないオフィスでチラシを配りまくり、貼りまくり、何枚か置いていった。我が同僚よ!ぜひ!ぜひ来てください!お願いします!

 

2022/05/22 sun

最近落研に入った女性が、中野坂上自主練習をするから一緒に稽古したいやつは来い、ってんで行く。んで稽古する。んでダメ出ししてもらう。これが中々、芯を食ったこと言われて、は〜なるほどね〜いやいや勉強になりました!マジで。

 

2022/05/23 mon

自宅で仕事の合間にちょっと抜け出して近所の介護施設。落語を披露。『粗忽長屋』。全然ウケなかった。精進します。

 

2022/05/24 tue

妻と母のリハビリ病院へ面会に。新人看護師の不審な挙動にも耐え、面会15分。その後、これも若干挙動不審な主治医からリハビリの様子や説明を受ける。んで、入院前に通っていた心療内科から紹介状を取ってこいと言われる。え?何でそんなものが必要なんですか?と問い、何度も説明されるのだが、さっぱり理由がわからない。

もしかして形式的なものですか?と問うと、そうだ、と言う。なるほどね!了解であります!

さらに病院のソーシャルワーカーと面談。この病院で唯一話がわかるねーちゃんだ。ここを90日で退院させられたらその後どうすればいいんでしょう…家で介護なんかできないが、と正直に話すと、心配ご無用。万事お任せあれ。ってんで頼もしいっっっっ!

ここ数日というか数か月というか長年の心配事が一気に解消される。。。。。。。

ビバ!!!!!ってんで妻とファミレス。ビールで乾杯して帰る。

疲れた!あたしゃ疲れたよおおおおっっっっ…………。

 

2022/05/25 wed

入院前に通っていた心療内科に紹介状を八忠。じゃない発注。2~3日でできますとのこと。

 

2022/05/26 thu

仕事!!!!
と、合間にリハビリ病院の新人看護師さんから電話。
「お母様の髪がだいぶ伸びているので散髪していいですか」とのこと。どうぞ。

で、仕事に集中してるとまた新人看護師さんから電話。
「お母様は肺炎球菌ワクチンを接種済みですか?」ときた。
なんですかそれは? てなもんだったが、とりあえずわからないと答えると、
市役所に行ってそのワクチンの申し込みをしてくれろ、とのこと。わかりました!ってんで、市役所に電話。

と、お母様は2016年に接種済みなので必要ないです、と言われる。ビバ!市役所のシステム!

ってんで新人看護師に、その旨電話。と、その新人看護師、
5年以上たってるので再接種の必要がありますので、やっぱり市役所で申し込みをしてくれろと言う。
へー。そうなのかー。でもそれならそれで、さっきの市役所の人が何か言ってくれるはずだよなあ、変だなあってんで役所に再電話。

2回目の接種の申し込みをしたいのですが、と言うと、
は?何ですかそれ?そんなものの申し込みはないですよ、と言われる。
「やっぱりそうすか。そうですよねえ…」いや、実はこの電話の合間合間であたくし、ちょいとネットで肺炎球菌ワクチンのこと調べた。んで役所のHPも調べたけど2回目の接種の申し込みなんてどこにも書いてないのだ。
「いや、そう言われたんですよね。病院の新人さんから」と役所の人に説明すると、
「いやあ、私もさっぱりわからないですねえ、もしかしたら何か違う書類が欲しいのかなあ。そうしましたらその看護師さんに、直接役所へ電話してほしいとお伝えください」とのこと。

んで、まーた病院に電話して看護師に、そんなものの申し込みはないらしいです、つったら、ちょっと待ってと、何やらノートをビラビラビラビラめくる音。
「…なにか用紙がありませんか?」って言うもんだから、どこに?って笑っちゃった。で、
「あのねえ、役所の人が、あなたに直接電話してほしいって言ってましたよ」って言ってやったら、
「いえ、患者様の用件で役所にはかけられません。それは患者様のご家族からしていただくことになってます」とマニュアル通りの答えを即座にかまされる。
いやいやいや。そういうこと言ってるんじゃないでしょ? 意味が違うでしょ。意味が。あのねえ…。うーん。とにかく、何が欲しいの、あなたは?
2回目のワクチンの接種の申し込みです。
いやだから、役所ではそんなものないって言ってんのよ。
うーーーーんんんってんで、ついに向こうは、
「もういっぺんリーダーに聞いてかけ直します」と折れた。

んで、かけ直してきた。
「どうです?わかりましたか?」
「はい。市役所で、2回目のワクチンの接種の申し込みをしてください」

ドンガラがっしゃん、つって椅子から転げ落ちたね、俺は。

何だこりゃ?落語か? もしかして俺、今、落語の登場人物と喋ってるのか? そんでもって俺も今、落語の世界にいるのか…?
…そう思ったら何だかすっごく楽しくなってきた。

「あのねえ、だから何度も言ってるけど、そんなのもは無いって言われたんです。役所の人に…」
「……」
おお。黙っちゃった。ああ、きっと考えてるんだな。やっと分かったんだ、自分がおかしなこと言ってるって。うん。がんばれ!頑張って考えてくれ…。

んでも相当黙ってるんで、

「もう一回、リーダーに聞いてみたらどうですか?」って水を向けると、
「いえ、リーダー、今、出かけちゃったんです」
「ああそう」
「…でも、もういっぺんリーダーに聞いてかけ直します」
「うん。そうしなそうしな。んで、何時ごろかけてくれます?」
「ええとおおおおお…………、今日中には」
…今日中ってキミ。まあいいや。
わかりました!よろしく!ってんで切る。

きっとキミはかけてこないな。

やっとこさ仕事に戻る。

■■■

んで仕事に没頭してたら夕刻。

今度は例の紹介状をお願いしてた心療内科から電話が来る。
できたから取りに来い、ってんで、明日仕事が終わったらその足で直接行くことにする。頑張れば終了時間に間に合う。
んでもって、どうせならそこからリハビリ病院に持ってったらよかろう、早いうちに、ってんで病院の終了時間をネットで調べたんだがこれがよくわからない。んで、病院に電話してみる。

案の定、例の新人看護師はとっくに帰っていたようでベテランっぽい看護師さんが受話器に。これこれこう、と言うと、ああ、何時でも夜でも大丈夫です〜とのアンサー。
ただ、その紹介状って何ですか?と聞かれ、ええ?そこですか?ってんで説明してやる。
ああ、そうですかあ。いや、まったく聞いてなかったので。

だってさ。いや〜いい病院だねえここは。おおらかで。気に入った!ってんで切ろうとしたら、
あの、肺炎球菌ワクチンの件ですけど、って向こうから言い出した。
あ、そうか、あなたがリーダーなのね。
「ええ。で、役所に問い合わせたんですけど、なんか2回目は申し込みとかないんですよ。だから明日来たときについでに病院の申込書にサインください」
だってさ。
もー。どーでもいーやあ。はいはい。喜んで!

夜は落語の稽古会。最後にちょこっとだけ稽古する。んで飲み会出て帰る。

 

2022/05/27 fri

渋谷で仕事、からの電車に飛び乗り、若葉駅前の心療内科で紹介所ゲット、からの川越に戻りいの、川越線乗りいの、で、リハビリ病院。んでサイン。んでまた川越に戻ると豪雨。ははは。雷雨の中、本川越駅まで歩き鷺宮駅からバスを2本乗り継いで帰宅。21時過ぎ。なんか無駄な動きをした1日だったような気もしたが、文句は言うまい。でもこれからは全て郵送にしてもらいたいな。できたら。



 

Road to 比企


2022/04/19 tue

またこの話かよって思われるとナンなのですが、こりゃあしょうがない。まあ、最後まで聞いてほしいんで、お付き合い願いたい。
手術を終えた母。次はリハビリ病院ってえとこに転院しなくちゃならない。んで、現在入院中のM病院のソーシャルワーカー氏から紹介されたとあるリハビリ病院、ここはまあまあ実家からも近く、いいんじゃない?ってんで電話して資料を取り寄せて、それを読み込んで本日、そのリハビリ病院から電話で説明を受けました。1時間。んで、いつ転院できますか?って聞いたら、まあ、5月10日から20日のあたりですかねえ、てなアンサー。わかりました!ってんで何枚もの書類に必要事項を記入したり、必要なものを手に入れる段取りをしたり、仕事したり。てきぱき動いた。

2022/04/21 thu

週に一度の出勤日であり、よーし、行くぞってんで、まさに今家を出ようとした昼過ぎ、母入院中のM病院ソーシャルワーカー氏から電話。
あれ?どうかしましたか?と聞くと、
現在申し込み中のリハビリ病院だが、転院可能日が遅すぎるんですよね。と言う。
ええ? 遅いとは? と問うと、
本来ならお母様は4月中には転院してほしいのだ、まあ連休もあるから大目に見るとして5月10日ならまだしも、20日となるとウチは承知できないんですよお、一応救急病院なので。とか言う。
てか、お前が紹介した病院じゃねえかよ。何で今更そんなこと…。ってんで絶句していると、
とにかく違う病院と一回電話してみてくれ、ってんで病院名と電話番号を告げられる。
アタシもよく知らない川島という町の病院。田んぼの真ん中に立ってるとのことだった。

んで、夕刻16:30。本社。やるべき仕事が終わったので電話する。
と、担当者が別の電話に出てるので折り返すと言う。
仕方ないから本社で、時間をつぶす。1時間。電話は全然掛かってこない。こりゃもう明日だな。ってんで外苑前からチャリで帰路につく。
と、笹塚あたりを走行中にかかってきた!
すみません、さきほど電話が長引いてしまいましてと言う兄ちゃん。すげーなあ。今18:00だよ。
んでも一昨日とある病院とそういう長い電話をした私としては、大いに納得。
そんでもって、病院の説明のために、それくらい長い電話をしたいのですが、いつがいいですか?と聞いてくる。
いや、私、明日、別用件で実家まで行くので、そちらの病院まで行きますよ!直接話しましょう!と提案。
ああ、それがいいですね。お車でいらっしゃいますか?
いいえ、車持ってないです。最寄駅どこですか?って聞くと、
最寄駅はありません。というたいへんショックなアンサー。
家帰って調べたら、そう。川島町には駅がないのだった。

2022/04/22 fri

6時に起き、電車をいくつか乗り継いで、8時半には我が故郷埼玉県坂戸市若葉駅に降り立った私。そこからレンタサイクルをゲットし、コンビニで缶ビールをゲットし、一路、比企郡川島町へ。比企郡だよ。
朝。初夏を思わせる日差しの中、むせ返るような菜の花ばたけ。モンシロチョウが無数に翔び交う田園をチャリでひた走る。そう。今日僕は早起きをして田園をサイクリングに来たんだよ。電車が通っていない田舎町。「この地は今なお比企能員が治めていた頃の風景をとどめているのです『若葉駅下車徒歩3時間』」。

と、一人『鎌倉殿の13人紀行』を洒落込み悦に浸る。するとあら不思議、マジでテンション上がってきた。楽しい楽しい。
んで1時間。病院着。親切な担当者と落ち合い、丁寧な説明1時間半。病院もきれいで設備もよい。気に入った!入れてくれ!って言うと、はい、では5月9日転院で。つって、商談成立。ビバ!
あとは13時に実家でJCOM解約工事に立ち合えばよく、まだ11時半であり、ではこのままサイクリングの続きを楽しもう、ってんで、かなり離れたタバコ屋みたいなところで妙に高い缶ビールをゲットすると、適当に実家方向へハンドルを向ける。呑気に機嫌よくビール片手に田舎道をぶらぶら。渋沢栄一の東ん家みたいなのがここかしこ。ははは。楽しい。ってんでかれこれ40分が経過したが、馴染みの町に全然つかない。おかしいなあ。
デカイ川にぶち当たる。おお。手付かずの大自然がここに。とか言ってる場合ではない。

でもなあ、とりあえずこの川を向こう岸まで渡らなければいけないな、ってんで土手沿いをひた走るのだが、一向に橋がみつからない。どーゆーこと?

少々焦りだし、ここで初めてスマホの地図アプリを起動すると、全くあさっての方向に自転車を走らせていたことに気づく。
アプリによると実家までの自転車での行程40分。現在12:25、げ!やばい、ってんでそこからは地図アプリに従い、大自然そっちのけでひたすら走る。はあはあ言う。んでもってバカに暑い。ふざけんな!と、大自然を呪い自分を罵りながら。


んで12:58に着いたよ家に。家に入るとひんやりした。冷蔵庫を開け、先日買い置きしておいたビールをプシュっと開けてンゴンゴと飲む。
んで、電話でM病院ソーシャルワーカー氏に転院の運びを報告し、やってきたJCOM作業員の予想時間を遥かに上回る工事に立ち合い、地元のケアマネのところに行って大事な書類を返してもらい、実家の戸締りをし、自転車を返し、帰宅。たいへんに疲れた1日だったが、それなりの成果があり、大変に満足していた。

2022/04/25 mon

夕刻、川越の保健所から電話が来る。え?なんですか?と問うと、
「入院中のお母様と同室の方が結核だったことが判明しまして、お母様も感染の疑いがあります。このことは病院からもう聞いていらっしゃいますよね?」と言う。
聞いてない。聞いてないです…。
ええ?つって保健所の方も絶句していたが、まあ、それは置いといて、説明を受ける。
同室だったのは3日間だけであり、幸か不幸か昨今は皆ほぼマスクをしているので、感染している可能性は極めて低いこと。
そうは言っても、検査をする必要があり、これは3か月後に血液検査をするしかなく、その頃また連絡しますとのこと。
はい。了解です。でも3か月後は川島町のリハビリ病院に転院してる予定ですね。と言うと、
ええ?ああ、そうですか。ではこのこと、その病院に言ってくださいね。ほかに質問ありますか、と言うので、
あの、この結核うんぬんって、いつわかったんですか?という問いには「先週です」というアンサー。
あと、普通、病院って、このこと僕に報告しないものなのですか?という問いには、「そんなことはないはずです」。

静かに通話を切り、しばし黙考。
え?何?なんで連絡してこないんだ、あの病院は?それに何?わかったのは先週だあ?俺が動きまわってたの先週の金曜じゃんねえ…。なにこれ? なんかおかしくない?

ふつふつと湧き上がる怒りを抑えながら、M病院ソーシャルワーカー氏に電話。
「はい」つって奴は出た。
あのー。つって僕。ちょっと言葉が出てこない。
「なんでしょう?」
なんでしょーじゃねーだろ。あれ?
「あれ?」って思わず言ってしまう俺。
「はい?」
深呼吸して俺、
「あのー、うちの母、おたくの病院で結核がうつされた可能性があると、今保健所から電話があったんですが」
「ええ?!」
「もしかして…ご存知なかったんすか?」
「…」
「もしもし?」
「はい…、あ、ええ、知らなかったものですから…」
「ええ? 知らなかったんですか…」
「あ、ちょ、ちょっとお待ちください、今、病棟の方につなぎますんで」
ってんで待たされる。んで病棟の看護師リーダーみたいな人につながる。んで、めっちゃ言い訳される。その連絡が遅れたことについてね。いや、もう、それはいーんで、母は無事なの?つったら全然元気とのこと。
「わかりました。で、僕、転院先のリハビリ病院の手続き中なんですが、そこに一報入れろと保健所の方に言われたんですが、それ、僕がした方がいいんですか?それより、あなたの病院から向こうに説明してもらえないんですか?」
「あ。こちらからします。ソーシャルワーカーからさせます」
ってんで、電話を切る。
なんだかなあ…。
でも、もしかして、こういうことって、よくあることなのかな、と思った。だから呑気なのかな。じゃあ、まあ、大丈夫なんだろうなあ。と思っていたのだ私はそのときバカだから。

2022/04/28 thu

明日からいわゆる大型連休であり、でも僕のレギュラー仕事はそういうことにお構いなしであり、んでも明日は休みだから今日中に終わらせる、多分夜の20時くらいまでかかるけど。という木曜。
午前中に電話が来る。おなじみのソーシャルワーカーから。
どーもー。なんですか?
「例のリハビリ病院に私からお母様の結核の疑いの件、連絡しましたので」
ああ。はいはい。ありがとうございます。
「それでですね、今回の転院の話はキャンセルになりました」
…ええ?!なんで?!
「やはりこういうご時世もあって、受け入れ側から断ってきたということです」
絶句。絶句である。
「で、こちらで新たにリハビリ病院探しますので、いえ、まだ。まだなのですが。これから探すので。で、ご長男様にはですね、またそのときは説明やら申し込みの手続きやらお願いしますので」
マジか…。
あんだけ走り回ったのに。先週の金曜だよ。またあれを、てかあれに似たことやるの?とほほほほ。
全てが、やり直し。一からやり直し。2回もやったのよ!って叫んだけど。じゃあそういうことで、ってんで電話は切られる。
ふつふつと湧き上がる怒り。
でも、よく考えるとこの話、登場人物、誰も悪くないんですよね。
やり場のない怒り…。
わずか6日前にウキウキで田園をちゃりで駆け回ってた自分…。
なんてこった。。
ただただやる気だけがなくなる。
んで仕事。一回渋谷行って、帰ってきて、自宅でひたすら待ち時間。んでやっとこさリモートで任務完了したのが20:20。
ダッシュで高円寺に行き落語の集まり。最後の5分だけ出席し、流されるまま打ち上げに行き、明日休みだーってやからに流されて二次会。朝4時まで。

2022/04/29 fri祝日

二日酔いのまま10時くらいに起き、雨の中自転車で西荻窪、正午から佐藤幸雄さんと玉川さんとリハ。15時まで。くたくた。んで、そのまま居酒屋で飲み会。20時くらいまで。ベロベロ。帰りは雨止んでてよかった。

2022/04/30 sat

二日続けての痛飲で激烈な体調不良。明日はライブ本番。せめて今日こそは、心と体と肝臓を休めようと寝まくる。夕刻落研のかわいい女の子から今から飲みませんか〜てなLINEが来るが、無理無理無理無理ってんで初めて断る。あああ。もう二度と誘われないかもなあ。あああ。でもいいの。

2022/05/01 sun

佐藤幸雄とわたしたちLIVE@ひかりのうま。すっごい疲れた。でもまあいい感じだった。
お客さんから、ブログが更新されてないと言われる。忙しかったんで。あと書こうと思ったら状況変わったりしたんで。てかいろいろあって。てかどーゆータイミングでどー書こーが俺の勝手だあ!
雨だったのでバス&電車で往復。こっちのほうが早い。知ってたけどね。帰りはバスがなく、吉野家で牛丼を食って帰る。

2022/05/02 mon

午前中はちょっと仕事。あとは忘れた。

2022/05/03 tue祝日

忘れた。でも、昼飯を腹一杯食って、もう晩飯いらないや、と家族に言い残して、そのまま次の朝まで寝たのではなかったか。18時間くらい。

2022/05/04 wed祝日

午前中近所を散歩。神社の前で、善良なおじいさんに変な言いがかりをつける40歳くらいの短パン男に遭遇。「このおじいさんビール飲みながら自転車乗ってる!」つって大騒ぎ。近くにいた警官に止められていた。んで、僕はその近くの喫煙所でビール飲みながらタバコを吸ってたら、そのおかしい奴が案の定また戻ってきて、今度は警察官に絡んでいた。んで、そいつが去るときに俺と目が合った。何も言われなかった。場所を変えて神社の喫煙所で一服してたら、別の変なおっさんがとなりに座り、独り言を言いながらポテチを貪り食いだした。僕は一服し終わったタイミングでゆっくり神社の門をくぐり神に手を合わせ、これいじょうへんなひとがよりつきませんように、とお願いした。
午後は近所のデイサービス施設で落語。道灌。まあまあウケた。15時から阿佐ヶ谷の居酒屋で打ち上げ。19時には帰る。

2022/05/05 thu祝日

忘れた。寝てた。お酒抜く。

2022/05/06 fri

昼から渋谷で仕事。昼下がりに本社に寄る。同僚が飲みたそうにしてたので付き合う。会社所有の休業中のカフェに酒を持ち込んで。なんてもったいない空間なんだ、ここは。まだ夕方かなと思ったらもう22時くらいだった。んで帰る。チャリで。

2022/05/07 sat

昼下がりに西荻窪の図書館へ。落語関係の本ばかり借りる。お酒抜く。

2022/05/08 sun

おお。追いついた。午前中からブログを書く。現在18時だ。なんて無駄な日だ!まあいいや。
んでもって、いまだにM病院ソーシャルワーカーからは何の連絡もない。どこからも受け入れを断られてるのだろう。そりゃそうだ。当たり前だ。あああ。でももしょうがない。7月に結核の陰性証明が出るまでは、あの病院だ。かああ。まあいいや。ほんと仕方ないんで。ということでこの話はもうしません!
あと、そうだ。忘れてた。佐藤幸雄さんがこの間、僕の40点落語『大工調べ』を見にきてくれて、その後なんの感想も聞かなかったのだが、というのも40点だったから、いいや、と思ってたので。
でも、先日、佐藤さんのおかみさんから「幸雄が褒めてたよ。『僕は自分の歌詞も覚えられないのに、POP君はあんなに大量の文字情報を覚えて喋るのはすごい』って」。
なるほど。そういう発想はなかったですが。ありがとうございます。精進いたします。

大工調べ

2022/04/17 sun

夕刻、落語会。『大工調べ』をネタ下ろしする。この『大工調べ』、難易度がたいへんに高い噺である。棟梁が大家さんに1000文字分の啖呵を切る。ここを淀みなく早口で喋らなければいけない。また、それだけではなく、棟梁の状況説明的なセリフ、大家がだんだん不機嫌になっていく描写、与太郎が大家に間違えながら毒づくところなど大変に難しい。それでもってあたくし、今月に入ってからいろんなことが重なり、ろくに稽古ができていない。普通ならあきらめて演り慣れた噺に変更するところだ。道灌とか。んでも、やったろうと。
というのは、今しかできないちょっとした工夫を思いついたからだ。
何かというと、この噺は冒頭、こういうやりとりがある。

「おう、与太、いるか」
「ああ、棟梁」
「棟梁じゃあねえ。ぼんやりしやがって。どうしたい?おふくろはいねえようだなあ。墓参りか。ああ結構だ。年寄りは墓参りがいちばんだからなあ。またおめえはえれえや。よくお袋の面倒見るからなあ。まあ、しばらくお前を遊ばせちまってすまなかったが、今度あまあ、いい仕事ができたぜ。番町のほうのやしきでなあ…」

ここを一工夫するために、演った。それでは、実際の私の口演をマクラからお楽しみください。

~~~


ええ、よろしくお願い申し上げます。事例亭文太です。
ええ、今日は、私の兄弟子です。事例亭独楽太さんの月例会。記念すべき第1回目に、呼んでいただきましてありがとうございます。一生懸命やります。

では、マクラを喋ります。
ちょうど2週間前ですが、あたくしのお袋がえー、85歳。んで、埼玉は坂戸ってとこに一人暮らし。
その婆さんが家の中で転んで、大腿骨を複雑に骨折したんですね。
んでまあ、最初、埼玉県の狭山ってとこの救急病院に運ばれまして、
んでそこの先生が、これ手術しない方がいい、ってんですよ。
ああ、そうですか。わかりました。ってんでね。
んで、その日のうちに今度は、川越の病院に転院して。
川越。いいとこですよ。有名なのは古い町並みと、芋です。いも。芋のお菓子なんかいっぱい売ってるとこ。
その川越の病院、2~3日後に呼ばれて行ったら、その主治医が、
「あんた、手術しないつもりらしいけど、どういう了見だ!」ってね。怒られた怒られた。
いや、なんか最初の先生がそう言うから。つったんですけど。
なんだそりゃあ、普通手術するんだよ!手術しなかったらずーっと痛いままなんだ、って。
えええ?てなもんで。いやあ、もう、手術、してくださいしてください。すみません。って謝って。
んで、先週手術して。ボルト入れたんですね。ああよかったな。てなもんなんですけど。

これ危なかったんですよ。もし最初の病院でベッドが空いてて、そのままそこに入院してたらね、手術しない方針でしょ。そしたら一生歩けない、どころか、痛いままですから。ねえ。ゾッとしましたよ。怖いなあと思いましたよ。ほんとに。だからねえ、セカンドオピニオンは必要だと思いました。

でね、そんなことはどーでもいいんです。
あたし、ちょっとみなさんに言っておきたい

あたし、基本的に、だらだら生きてるんです。
でも、ここ最近はね、そうやって、頻繁に病院行ったり役所行ったり、
すごい活発に動いてるん。一生懸命やってるん。
でもね、これ、誰も褒めてくれないんですな。。。

まあ、そりゃそうですよ。てめえのお袋の面倒、てめえが見てて、他人は誰も得しないですからな。
ええ。褒めたりしませんよ。ええ。わかってるんです。わかってるんですけどね。
なんかこう、むなしいんです。
なんで私こんなに頑張ってんのに誰も褒めないんだ!
やってらんねえよ!っんでね。
私、最近、いつも以上に、酒え飲むようになりました。もう毎日ベロンベロンです。

でね、あたし、思いました。
これからは、人を褒めようと思います。介護してる人とか。うん。偉いですよ!ほんと!
あと、あれですね。子育てしてる人も褒めたい。あれも誰も褒めてくれないですからね。大変なのに。
だから、褒めてほしい人いたら、言ってください。あたし、あとで個人的に褒めますから。ね。
ええ、さあ、そんなことで、落語の方に移りたいと思いますが。

「おう、与太。いるか」
「ああ、棟梁」
「棟梁じゃあねえ。ぼんやりしやがって。どうしたい?おふくろはいねえようだなあ。墓参りか?」
「ええ?いや棟梁。お袋ねえ、墓参りじゃないの。転んで足の骨折って入院してんの」(※1)
「よせ、このやろう、ホントの話をするんじゃないよ。墓参りにしとけ」
「あそう、んじゃあ墓参り」
「墓参りか。ああ結構だ。年寄りは墓参りがいちばんだからなあ。またおめえはえれえや。よくお袋の面倒見るからなあ。」
「え?棟梁。褒めてくれんの? ぐすん。。うれしいなあ。。。」(※2)
「おいおい、何泣いてんだバカ。いいんだよ、そんなことはあ、あのな。まあ、しばらくお前を遊ばせちまってすまなかったが、今度あまあ、いい仕事ができたぜ。番町のほうのやしきでなあ…」

~~~

賢明な方はお分かりかと思いますが、これ、上記(※1)が笑いどころだったんです。
でも笑ってくれたのは見に来てた佐藤幸雄氏だけでしたな。
(※2)に至っては誰も笑わない。しーーーんとしてましたよ。
まあねえ、そうかな、と思います。今になってみると。

んで、いろんなところをつっかえたりして結果、40点の出来。でも悔いはないです。ナイスチャレンジ。俺。

 

Life in 川越

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2022/04/07 thu
大腿骨を骨折して入院した母の主治医が今後の方針を話す、ってんで川越の病院へ。1時間くらい待たされてからの主治医。
「手術しないつもりって聞いたけど、どういう了見だ」といきなり怒られる。
いや、最初に行った救急病院の先生がそう言ってたもんで、と言い訳するも、
とにかく手術はするから。その最初の医者がおかしいから、ってんで、なるほどおかしい。
んで、もう明後日、手術室とったから、付き添いとして来るようにってんで、
はい。はい。すみません。よろしくお願いします。ってんで、辞して缶ビール買って川越の街をほっつき歩く。
高校時代に毎日うろついていた街。んでも、全く変わっちゃってる。なんか完全に観光地化している。あの頃入り浸っていた喫茶店雀荘・パチンコ屋などは、影も形もない。そうか40年ぶりだもんな。ははは。よく知らない街のよう。とはいえもとよりよく知らない街なんだが。
本川越駅前の喫煙所でタバコ吸ってたら携帯が鳴る。障害者である弟がお世話になっている施設の保健師さんからで、なんと弟が来月手術すると言う。え? つったら、首の後ろにでっかいデキモノができていて、それを取るのだと言う。そうそう。それ、コロナ前から言ってた話だった。んで、ついに手術するんだけど、普通はしないけど弟はアレなので、全身麻酔で手術するから当日及び前日お兄さんにも来てほしい、ってんで、はい。もうどこでも行くし何でもやりますよ、ってんで電話を切る。ははは、ってんで大人しく帰る。

 

2022/04/08 fri
渋谷で仕事。んで外苑前に移動して仕事。

 

2022/04/09 sat
母の手術。なのだが、前の患者の手術が押してるってんで、待たされる。外にも行けず、読みたくもない本をひたすら読む。んで読破。んで結局2時間待ってやっと手術。廊下から手術室まで、束の間、母と顔を合わす。6日ぶりだ。んで、黙ってるのも何なので、あたしからなんか話しかけるが、このババア、完全に俺を無視してくる。むくれているのだ。自分が今おかれている状況が気に食わないのだ。んなこと言ったってしょうがねえじゃねえかなあ。ったく嫌なババアだ。んでアッタマきたので、
「あ、アキヒロも手術するんだって」とぶっきらぼうに言ってやったら、やっと、え?てな顔になる。やっぱり聞こえてんじゃねえか。いやらしいババアだ。んで、手術つっても大したことないんだと説明したら納得した様子。んで、手術室へ。んで1時間半後、主治医が出てきて、OKと言いながら、術後のレントゲン写真を俺に見せる。左大腿骨んとこになが〜いボルトが2本、完全に入っていた。おおお。スゲー。

病院を辞して夕刻。とりあえず手近のスーパーマーケットでプリン体0のビールを買おうとしたら、俺の背中にガンとぶつかってきた奴がいて、見ると、おっそろしく老人のような身なりをしているが40くらいの小柄な女。ええ?何?てなもんだったが、まあいいや、ってんでそのビールをカゴに入れてレジに並びに行こうとしたら、その女が今度は正面から来て、すれ違いざまビニール傘の先っぽを俺の足のスネにカタッとぶつける。いて。温厚なオイラも、さすがに「ちょ、おい!」って声かけたんだけど、その女はさーっとどっか行ってしまう。なんなん?てか、超快晴なんですけど。何で傘持ってんだよ、とか思いながらもレジに並んでおっそろしく待たされた後、出口に向かう間、ふと気になって店内に目をやると、ちょうどその女が何も買わずに店を出るとこで、一歩先に店外に出た俺は回れ右をして、その女をにらみつけてやると、ちょっとおどおどしながら、俺を避け、通りを歩き始めた。なんか気になった俺は、よせばいいのにその女の後をつける。
川越の町は土曜ということで観光客が多く行き来している。と、その女が、ふとその小道を横切り、1日レンタルの着物を着て機嫌よく歩いているお姉ちゃんとすれ違いざま、ピニール傘をカタって足にぶつけやがったんだ。現行犯。目撃。なんなんだこの女!ってんで人混みの中を足早に去るその女を追跡。んで、見失ったので、あれ?どこ行った?ってんでしばし立ち止まっていたら、集合住宅の駐車場から現れた。
んで、目が完全にあった。
そしたら、持ってたカバンをガサゴソやりだした。
あ、ナイフか何かを出そうとしてる!
と気づいた私は、ガクガク震えながら、回れ右して逃げた逃げた。本川越駅まで。何度も振り返りながら。あーこわ。あーこわ。
んで、警察官がいたので、あの人変なんです!つってももうどこにいるかわかんないけど!って言おうかなと思ったら、その二人の警察官は、超酔っ払ってグラングランになった外国人を挟んで抱えていて、ああ、もーいーや。てかおもしれえ街だなあ、相変わらず。ってんでビール飲んでタバコ吸って西武線乗って帰って飯食って寝る。

 

2022/04/10 sun
お袋が救急車ってえのからちょうど1週間であり、ええ、まだ1週間?とか思いながら。この1週間で4日も川越に行ったんだなあ。でも昨日手術は成功したのであり、ほっとするやら。んで、猛烈な倦怠感。
これ、なんでこんなに疲れ切っているか、わかりました。川越に行ったり帰ったるするたびに大量の缶ビールをお供として摂取するからであり、要は飲み過ぎなんである。自業自得なんである。ってんで一日中寝る寝る寝る。ホントは夜から落語の稽古があったんだがとても行く気になれず。寝る。

 

2022/04/11 mon
気分新たに仕事に励もうとPCを開いたら、「Onikiさんがアメリカに帰る前のLiveパーティーが今日あるから来てよ」てなメールが3日前に来ているのを発見。メールにある「今日」ってのは3日前のことだ。うむむむ。時すでに遅し。。。Onikiさんてなあ、だいぶ前だが一時期、一緒にバンドをやっていて、僕はこの人のおかげで原田知世さんのレコーディングにも参加できたし、鈴木祥子さんのLIVEも手伝えたんだよな。特に鈴木祥子さんは。先日思い出してまた聞き返して前回のブログにもその歌詞の一節を書いた。偶然。うーむ、ってんで、onikiさんと、13年振りくらいに連絡をとる。
んで、仕事。夕刻本社まで行き、なぜか夜中まで飲む。アホみたいに。

 

2022/04/12 tue 
忘れた。

 

2022/04/13 wed
坂戸市役所経由、実家経由、坂戸郵便局、銀行からの川越の病院。書類を提出。んでくだんのスーパーでまたビールを買い、あの女がいたら今度こそ通報してやろうと身構えていたらそんな女は影も形もなかった。そりゃそうだ。みんな忙しいんだ。

 

2022/04/14 thu
渋谷で仕事した後、時間を潰し、18時、とあるカフェでOnikiさんに会う。明日アメリカに帰るのだが、時間を作ってくれたのだ。久しぶりの邂逅。あっという間に時間は過ぎた。またいつか会えるのかしら?
そんな思いを引きずりながら高円寺。21:01。落語の稽古会は完全に終わっていた。んで、飲み会だけ参加。終電過ぎまで。アホみたい。
今度の日曜は落語の本番。がんばるぞ〜。

忘却日記

『病院にいるおばあちゃんに 聞いてみたいよ 全てを忘れていくことは幸せですか?』鈴木祥子『忘却』 より

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2022/04/04 sun

日曜の朝、実家で独居中の母がぶっ倒れたってえ報をもらって、すぐ埼玉へ。雨ん中。てかなんで病院のやってない日曜に?とか、なんで雨なの?とか、言っててもしょうがないのだが、何でこんな実家からもバカ遠い救急病院に?ってとこに。からのさらに救急ではない入院可能な病院への移送。あらゆる病院で3時間くらい待たされる。んで、これから数か月、てかそれ以上、空き家と化す実家の雨戸閉めに行ったり生ゴミ捨てたり。くったくたで帰宅。

2022/04/05 mon

月曜なので仕事はある。朝5時に起きてやるべき仕事と格闘しながら、9時くらいからは関係各所へ連絡したり。んで昼前に仕事をストップ! 明日手続きにまた来てくださいと川越の病院に言われたもんだから、行く。雨ん中。せめて晴れていれば…つっててもしょうがない。んで、そのあとまた実家へ移動。いろいろやるべきことがあったのだ。いろんなものを探したり新聞止めたり生協止めたり町内会費払ったりね。夜帰って風呂入って飯食って寝る。

2022/04/06 tue

この日も早朝から。とにかく溜め込んでいた仕事をこなすコナスこなす。マッハで。いやあ、本気出せばできんだよホントは俺。なんつって。んで夕刻解放される。からの引き続き実家関連の作業。ひとつひとつ、やれることをやっていくしかないんだな。んで、やった。JCOMを止める書類を発見し連絡できた。ビバ!んで寝る。

2022/04/07 wed

明日の木曜は初めて主治医とシビアな話をしに病院へ行かなければならない。

んで金曜は本来木曜やるべきだった仕事をやらされる。

んで、本日水曜の午前中、とりあえずここまでのやるべき仕事を終わらせた私。

思えばこの日曜の朝から動き詰めであった。やっと。一息。つけることになる。この本日水曜の午後だけは、ちょっと自分の自由に生きさせてもらおう。せめて人間らしく。

ってんで、銀行に寄るという目的もありがてらの気楽な散歩へ。ビール片手に。11:30。快晴。温暖。

 

んでね。いーんですここまでの話は。どーでも。まーどーでも良くはないが、別にそれを言って同情をひこーとか、そーゆーわけではないんです!ここからなんです書きたかったことは!

 

〜つづき〜

通帳記入して、浜田山の横丁を郵便局に向かっていたら、行く手に、おっそろしくグラングランしてるお婆ちゃんを発見。え?まじか?ってんで、大丈夫ですか?って声かけたら、ああ、助けて〜。なんか私ダメ〜。ってんで俺の腕にすがってきたんだな。

 

んで、詳細、はしょるけど、結果、ばあちゃんを介抱して、永福町のそのばあちゃんの家まで、送り届けたんだよ。都合2時間くらい。この4分の1くらいボケたババアに付き合ってやったんだ。あたしは。この天気の良いお昼時に。

 

何が言いたいかというと、ちょっとそういうこと、つまり血の繋がった老婆の転倒からの心配・各種病院への付き添い・手続き・手配・実家の片付け・けつ拭き・それに伴う本来業務の遅れの取り戻し、を超人的にこなし、疲れ、ほっとし、それらのウサ晴らしに、散歩がてら駅近の銀行までちょっと散歩に行っただけなのよ。

それなのにさ、アカの他人のおばあちゃんの面倒を見る羽目になるっていうね。

何なの?と思って笑えてきちゃったの。ヒキが強いなあオレ。てなもんだ。何のヒキ?

まあ、ばあちゃんが、ご親切にありがとう。あなたいい人ねあなたがいなかったらあたしどうなってたかあなたのお名前は?とか100回くらい聞いてきて、そのばあちゃんにとっては俺ってホント救世主だったんだろうとは思うけど。

 

ただ僕にとっては、

僕が、入院する前の母にしてあげたかったこと。

の代償行為だったのかもなあ。

とか思ったんでした帰ってきてからね。変な話でしょ。

 

そんでもって、帰宅したけど結果的に全然気分転換できず。

気分直しで、散歩のやり直しをして、夕刻帰ったら落研でいちばん可愛い女の子が、今から飲みませんか?って誘ってくれて、完全にいく!ってんでのんで帰ってきました。

 

嘘みたいだよね。嘘だったらいいんだけど。でも本当の話。忘れていいよ。